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朝陽の中の誓い ③

last update Last Updated: 2025-03-28 06:18:15

 リノアはエレナを探しながら集団に目を走らせ、村人たちの表情を一人ひとり観察した。顔の表情で大体、察しは付く。

 私たちのことを良く思っていない人たちは、頬を上げて笑っているように見せていても目は笑っていない。

 エレナは広場の端に立っていた。その落ち着いた姿は不思議と彼女を周囲から浮き上がらせる。喧騒の中でもエレナの存在だけが際立ち、時間がエレナの周りだけ遅れて流れているかのように見える。

 若者がエレナに近づき、耳元に顔を近づけた。儀式に参加するという予想外の知らせを聞いたエレナは一体、どのような反応を示すのだろうか。

 リノアはその様子を見つめながら、役割を託された日のことを思い出していた。私にその役割を担う力があるのか、村人たちの期待を裏切ることになるのではないか。不安が胸を締め付けた。

 一瞬、驚きの表情を見せたエレナは、すぐにこちらをまっすぐに見つめ返し、静かに、そして力強く頷いた。揺るぎない覚悟が垣間見える。

 リノアはクラウディアの横顔に目を向けた。この村に何か大きな危険が迫っていることをクラウディアは既に察しているのだろう。きっと私たちの為を思っての行動だ。一人より二人の方が安全だと思って……。

 エレナが近づいてくる間、リノアは祭壇の前で佇みながら、村人たちの視線を背中に感じた。ざわめきが背後で広がり、断片的な声が耳に届く。

「あの二人がシオンの代わりか……」

 その声は疑念と不信が入り混じったものだ。中には蔑んだ目を向ける者もいる。

 エレナが隣に立ち、リノアはエレナと視線を交わした後、正面を向いた。そのわずかな仕草だけで、心の奥底で意思が通じ合っていることが感じ取れる。言葉は必要ではない。

 肌に貼りつく感覚を覚える中、リノアは手に力を込めた。これから二人で村を守って行かなければならない。

 村人たちのざわめきが次第に強まり、広場を覆い始める。

「シオンが死んでから森がおかしくなったんだ。何かの呪いじゃないのか?」

「森が弱ってるって聞いたが、本当なのか? 木が枯れるなんて聞いたことがないぞ」

 村人たちの不安が波のように広がり、次第に動揺へと変わった。

 それでもリノアとエレナは祭壇の前にまっすぐ立ち、揺るぎない視線を前方に向け続けた。私たちが動揺するわけにはいかない。

 村人たちのざわめきが風のように流れる中、リノアとエレナの立ち姿が、
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  • 水鏡の星詠   運命に抗う者たち ⑤

    クラウディアは荷を背負い、エリオとナディアを従えてクローヴ村の集会所を後にした。 早朝の霧が村を深く包み込み、空気はいつもより重く、湿り気を帯びている。 村の広場には村人たちが見送りに集まっていた。老いたハーヴェイが帽子を胸に抱き、その隣で、トランとミラはハーヴェイに倣うように背を伸ばして並んで立っていた。二人ともまだ若い。未成年ながらも見送りの場に立つことを選んだ。ミラは唇をきゅっと結び、視線を逸らさずにクラウディアを見つめていた。だが、手袋の端を撫でる指先には、落ち着かない気配が滲んでいる。トランは腕を組んではいたが、その肩はわずかに震えている。頼もしげには見える。しかし気丈に振る舞おうとしているのは明らかだった。クラウディアは周囲を見渡した。しかし言葉を発する者はいない。誰もが不安なのだ。クラウディアは一人一人に目を向け、短く頷いた。その仕草は別れの挨拶であると同時に、言葉にできない感情の受け止めでもあった。彼らの沈黙は、恐れの証だ。だが、それは当然のことだとクラウディアは思った。森の向こうに何が待ち受けているのか誰にも分からない。言葉を交わすよりも、黙って立ち尽くすことのほうが、今はずっと誠実に思えた。村人たちの姿に、クラウディアはかつての自分を重ねていた。ゾディア・ノヴァにいた頃──声を上げることが命取りになる世界で生きて来たのだ。沈黙の中に身を潜めていた。だからこそ、言葉を交わすことの危うさを誰よりも知っている。言葉は時に、真実よりも先に恐れを呼び寄せる。口にしてしまえば、たちまち、まだ見ぬ恐れが形を持ち、目の前に立ち現れる気がするからだろう。だからこそ、沈黙が必要な時もある。言葉よりも深く、確かに、感情を伝える手段として──沈黙は逃避ではない。それは揺れる心を守るための盾であり、まだ言葉にならない想いを育てるための静かな場所なのだ。

  • 水鏡の星詠   運命に抗う者たち ④

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  • 水鏡の星詠   運命に抗う者たち ③

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  • 水鏡の星詠   運命に抗う者たち ②

    「通してちょうだい、ハーヴェイ」 ハーヴェイが頷き、踵を返して去ると、ほどなくして二人の人物が現れた。 そこに立っていたのは、長身の青年エリオと黒衣の女性ナディア。しかしエリオの顔を見ても、クラウディアの心はすぐには反応しなかった。かつての少年の面影が時の流れに埋もれていたからだ。 青年が一歩踏み出し、穏やかな声で言った。「クラウディアさんですか? 私はエリオと言います。そして、こちらがナディアです」 エリオの微笑みは礼儀正しく、しかし、どこか遠いものがあった。クラウディアを覚えている様子はない。 クラウディアは目を細めて、エリオを観察した。エリオの声、立ち振る舞い、その瞳の奥に、確かにあの少年の影がちらついている。だが、クラウディアはそれを口には出さなかった。 クラウディアは椅子に腰を下ろすと、二人に向かって手で座るよう促した。 エリオは軽く頭を下げ、ナディアもそれに倣って一礼する。二人は並んで腰を下ろした。 クラウディアは二人の所作を見て、ここまで何かを背負ってやって来たことを感じ取った。穏やかでありながらも、どことなく緊張を孕んでいる。「直接、アークセリアに向かうものかと思っていたよ」 そう言って、クラウディアは笑みを浮かべた。 その言葉に特別な色はない。だが、クラウディアは何気ない会話の流れを装いながら、エリオの表情の揺れを拾おうとした。 エリオがどう応じるか。それを確かめたかったのだ。 エリオとナディアの名はイオの手紙に記されていた。そして、エリオに関しては遠い記憶として、クラウディアの胸に残っている。 セリカ=ノクトゥム時代──まだ幼かった少年が薬草の仕分け場の隅に座っていた姿。エリオは親の手元をじっと見つめていた。 今、目の前にいる青年が本当に、あのエリオなのか。クラウディアは確信を持てずにいた。「クラウディアさんがおっしゃるように、僕たちは直接、アークセリアへ向かうつもりでした。カデルという人物から手紙が届いたのですが、本当に行って良いのか少し不安で……決してカデルを疑っているわけではないのですが……」 エリオの言葉は途中で途切れた。 慎重に言葉を選びながらも、内心の揺らぎが隠しきれていない。 カデル──情報屋として知られる男。 色々ときな臭いところはあるが、根は真っすぐな人間だ。「その手紙には何と?」 

  • 水鏡の星詠   運命に抗う者たち ①

     イオから手紙が届いてから数日後、クラウディアは村の集会所の奥で荷物をまとめていた。 早朝の霧が村を包む中、クラウディアはアークセリアへ向かう準備を進めていた。 地図、薬草、古い記録書など──アークセリアへ向かうために必要なもの、そしてエクレシアに入るために必要なものは整えてある。 決断は、すでにその身に根を張っていた。迷いはない。 扉が軋む音が響き、クラウディアは手を止めた。振り返ると、村人の一人、老いたハーヴェイが息を切らせて立っていた。 ハーヴェイは見張り役の一人だ。いつもはトランとミラなど若い人が見張り役をしている。しかし状況が状況だけに、村人たちも協力をしなければならない。そこでハーヴェイが自ら見張り役を買って出たのだ。「それくらいなら、わしにもできる」と言って。「村長、村の外から二人の旅人が来ています。エリオ、そしてナディアと名乗る者たちです。集会所で待つように伝えましたが、お会いになりますか?」 ハーヴェイの報告を聞いた瞬間、クラウディアの胸の奥にイオの手紙の一節が蘇った。 そこに記されていた名──エリオとナディア。その二人のことだ。 エリオ──その名に遠い記憶がざわめく。 ゾディア・ノヴァの前身であるセリカ=ノクトゥム時代、幼かった少年の一人にエリオがいた。その姿が脳裏に浮かぶ。 時の流れは速く、今となっては姿も声も変わっているはずだ。それでも、その名を聞いた瞬間、胸の奥に懐かしさが疼いた。 あのエリオが、どうしてここに?  イオの手紙には、彼らの名が“来るべき者たち”として名を連ねていた。だが、そこには詳しい事情は書かれていなかった。ただ、急ぎ会うべきだと──それだけが強調されていた。 ゾディア・ノヴァから逃れることは通常あり得ない。私は戦乱後の混乱に乗じて組織から離れることができたが、エリオは違うはずだ。 ゾディア・ノヴァは一度標的を定めた者を決して逃さない。その名を記録に刻んだ瞬間から追跡が始まる。 逃亡は許されず、忘却も存在しない。彼らの網は広く、静かに、確実に迫ってくる。標的がどこに潜もうと、どれほど時が経とうと──組織は必ず追い詰める。 それがゾディア・ノヴァのやり方だ。 それを知っているクラウディアにとって、エリオの存在は懐かしさと同時に説明のつかない違和感を伴っていた。 エリオはどうやってここまで

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